キリマンジャロ登頂(2017年8月30日~9月5日)
(Mt,Kilimanjaro)
(キャンプサイト)
キリマンジャロ登頂 (2017年8月30日~9月5日)
キリマンジャロ(5,895m)はタンザニアにそびえるアフリカ最高峰の山です。
成田からエチオピア航空でアディス・アベバに飛び、乗り換えてキリマンジャロ国際空港に下りました。
空港からはホテルの送迎車で登山基地の街 “モシ” に。
キリマンジャロでは「ポレ、ポレ」(ゆっくり、ゆっくり)が合言葉になっているようです。
登山中は勿論、街中でもすれ違った人が「ジャンボー、ポレ、ポレ」(How are you? slowly, slowly)と声を掛けてくれます。
特に産業のないタンザニアでは登山やサファリが大きな収入源です。
必ずガイド・コック・ポーターを雇わされ、単独では入山できません。
ツアー会社で登山交渉をしましたが一人なのであまり割引をしてくれません。
「割安なグループ登山に合流しても良いから」と探してもらいますがなかなかありません。
結局、一人で登山隊を編成することになりました。
クルーは、ガイド1人、コック1人、ウェイター1人、ポーター4人、そしてセニョールの8人です。
ガイドはよく訓練されていて登山者の歩行ペースに合わせて登り、30分ごとに水分補給のためのブレイクをとり、パルスオキシメーターで血液中の酸素量を計り、高山病や体調のメディカル・チェックし安全登山を心がけていました。
特に山では発汗や激しい呼吸から脱水症になりやすく、血液が粘っこくなりますので、水分補給が大切です(1日に3ℓ)。
見た目にはなだらかでやさしそうな山ですがルートによってはなかなかハードです。
そして6000mを3~4日で登りますので高山病になりやすい山です。
下山ルートにはあちこちに担架が置いてありました。
六つある登山ルートのうち、セニョールは “マチャメ・ルート” を選びました。
このルートは溶岩地帯を登り、岩場などもあり変化に富んでいるからです。
そしてキリマンジャロを4分の1周しながら登るので色々な山容が見れます。
それではこれから登って行きます。
《1日目》
(熱帯雨林 : 明るいジャングル)
マチャメ・ゲート(1,790m)からマチャメ・キャンプ(3,010m)まで11kmの上りです。
ゲートで入山手続きをし、いよいよ5泊6日の登山開始です。
この日の高低差は1,200mですがキリマンジャロのすそ野は長いので、緩やかな上りで比較的楽に登れました。
この辺りは熱帯雨林のジャングル地帯ですが幅3~4メートルの整備された登山道を登るのであまりジャングル感はありません。
最初、“クルー8人が列をなして登る”と思っていましたが、実際はガイドとセニョールが「ポレ、ポレ」と歩コックやポーター達はドンドン先に行き、キャンプ地にテントを張り、お茶を用意して待っていました。
身体を拭くお湯も沸かし、食事もスープ、プレート料理、デザートと山とは思えない料理を出してくれます。
日本の山小屋のカレーライスとは大違いです。
泊まる処はテントですがサービスはホテル並みです。
彼らも生活がかかっているのでサービスはきめ細やかでした。
(どんどん先に行くポーター)
(牛肉の煮込みコース料理)
《2日目》
(ポレポレと登る登山者)
(溶岩壁)
マチャメ・キャンプ(3,010m)からシラ・キャンプ(3,845m)まで高低差800m、5kmの上りです。
この辺から急になり、“ポレ、ポレ”と登っていきます。
一方、ポーター達はどんどん先に行きます。
驚いたのはポーター達のバランスの取れた歩き方です。
頭に大きな荷物を載せ、急斜面でも岩場でも落とさないで運びます。
子供のころから培った身体のバランスと上体を使わないで下半身で安定した歩き方が出来るからでしょう。
森林限界は3,000mくらいですから、溶岩地帯になり見晴しが良くなってきました。
谷の向こうにはシラ・カテドラル(3,962m)が、はるか向こうにはメルー山(4,562m)が見えました。
昼過ぎにはシラ・キャンプに着き、昼食に鶏肉のシチューを食べました。
休息を取り、4時頃から小高い溶岩丘までトレッキングをしました。
この辺りにはシラ・ケイブ(Shira Cave)と云って溶岩洞窟があり、以前はこの洞窟でキャンプをしていたそうです。
夕食はビーフの炒め煮を美味しく食べ、休みました。
夜中にトイレに起き、見上げると満天の星空でした。
北半球の星座は分かりますが、赤道付近の星座は分かりません。
それでも夏の大三角形と白鳥座らしい星座が見えました。
《3日目》
(ラバ・タワー)
(ジャイアント・セネシオン)
シラ・キャンプ(3,845m)から高度順応のため敢えてラバ・タワー(4,640m)まで登り、谷に下りバランコ・キャンプ(3,960m)まで10kmのアップ・ダウンの行程です。
この辺りは本格的な溶岩地帯で大小の溶岩や溶岩壁が見られます。
ラバ・タワー(lava tower)は “溶岩で出来た塔” の意味でこのルートのビューポイントでもあります。
大きな溶岩の山が長い時間の中で風化してできたのでしょう。
殺伐とした風景ですが地球の原風景を感じさせてくれます。
そして4000m付近まで下りてくると高さ4~5メートルもあるジャイアント・セネシオンという奇妙な植物が生えています。
幹は空洞で中の空気が日中暖められ夜の寒さに耐えているそうです。
ここで困った問題が起きました。
このように高度を上げたり下げたりして身体を順応させるのですが、2~3日のアップ・ダウンではなかなか順応しません。
軽い高山病のせいか食欲がなくなり、朝も昼も食べれず水だけで登りました。
バランコ・キャンプに着き、コックが夕食を色々と作ってくれますがやはり一口も食べれませんでした。
こうなるとアフリカン料理の香辛料が鼻に付き、受け付けなくなりました。
この時ほど〝お粥と梅干を食べたい”と思ったことはありませんでした。
《4日目》
(見る位置で姿を変えるキリマンジャロ)
バランコ・キャンプ(3,960m)から垂直のバランコ・ウォール(バランコの壁)を登り、アップ・ダウンでカランガ・キャンプ(4,035m)を経てバラフ・キャンプ(4,640m)まで9kmの行程です。
このバランコ・ウォールはちょっとした岩場で難所です。
日本のようにクサリやハシゴが設置されていないので3点支持で確保しながらジグザグと登っていきます。
岩場は自然の手がかり足がかりに合わせて登り、自分の歩幅・ペースで登っていけませんので4,000m以上ではかなり体力を消耗しました。
2~3歩登ると胸が苦しくなるので、止って4~5回深呼吸をしてまた登るといった具合です。
やっとバランコ・ウォールを登りきると今度は下りで谷底まで下りて行きます。
二つの谷を越えカランガ・キャンプに着き昼食ですが、水しか受けつけませんでした。
そしてまた4時間歩きバラフ・キャンプに16時頃着きました。
ここをベースキャンプにして夜中の12時に頂上アタックを開始します。
この日も食事を受け付けないので水だけでした。
食欲がないと不思議なことに腹ペコのはずですが全く空腹感がありません。
空腹感がないと身体の力が抜けたり、だるくなったりしないようです。
アタックに向けて元気に休みました。
《5日目》
(山頂のウフル・ピーク : ガイドのスタンレーと)
※深夜に登りましたのでいきなり山頂の写真です
夜中の12時、バラフ・キャンプ(4,640m)から頂上のウフル・ピーク(5,895m)を目指して高低差1,250メートルのアタック開始です。
気温はキャンプサイトで-2~-3℃でしたから、頂上付近は-10℃くらいでしょう。
高所用のダブルの登山靴、ウールのソックス・シャツ・タイツ・登山シャツ、その上にダウンのジャケットとパンツ、更にその上にレイン・ウェア兼ウィンド・ブレーカーの上下を着、手にはスキーグローブを嵌め、顔は目出し帽にニット帽を被り、完全装備で登りました。
やはりスキーグローブでは高所に対応できず指先が冷たかったですが、その他は足先も身体も顔も暖かかったです。
空気が薄く酸素量が低地の半分以下になるのでかなり苦しい登山でした。
“5,000m以上の山はもう止めようか” と弱気になるときもありました。
それでも“1歩上れば確実に頂上に1歩近づく” と念じながら登りました。
途中何度も休みながら、急な上りを7時間かかって、9月3日午前7時15分頂上に着きました。
頂上は濃いガスに包まれており、楽しみにしていた氷河やクレーターやパノラマが全然見れませんでした。
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頂上には15分いて下山開始、〝よくこんな長い急斜面を登ったもんだ”と思いながら下りました。
登るときは真っ暗で周囲が見えないから諦めないで登れたのでしょう。
下山は2日間で高低差4,000mを下りますので手のポールで体重を支えて、膝をかばいながらやさしく下りました。
ベースキャンプに戻るとクルーが 「 Congratulation!」 とお祝いを言ってくれました。
睡眠不足と酸素不足でかなり疲れたセニョールは「1時間寝させてくれ」と爆睡しました。
そして昼過ぎミレニアム・キャンプ(3,790m)に向けて高低差800mを下山しました。
結局この日は、アタック・下山を含めて14時間の強行軍でした。
《6日目》
(夕日に染まるキリマンジャロ : 帰りの飛行機から)
ミレニアム・キャンプ(3,790m)からムウェカ・ゲート(1,630m)に向けて高低差2,000メートル、17kmの最後の下山です。
下半身が疲れたのでしょう、ぬかるみで3度滑って転びました。
ゲートの管理事務所ではガイドの証明で〝登頂証明書” を発行してくれました。
「エベレストBCはつまらなかったらしいけど今回の感想は?」とボビーが聞きました。
「BCの経験があるからとちょっと甘く見ていたがキリマンジャロは厳しかった。
頂上では喜びなどなく、ただただ苦しくて早く解放されたい、酒をゆっくり吞みたいというだけだった。
6,000mまで4日間で登ったので高度順応が不十分だったようだ。
3日間水だけだったから体力の消耗もあったと思う。
でも、そういう問題をすべてクリアして登るのが山なんだよな」
「水だけでも登頂できるんだから動物のサバイバル能力ってすごいね。
遭難して水だけで1週間生き抜いて自力で下山した人もいるから」
「そういう面では、またまた自信を持ったね。
〝もう止めようか”と弱気になったときもあったけど下りて来るとまた登りたくなるから山って不思議だね。
次は南米のアコン・カグア(6,962m)かな。」
セニョールはボケて自分の年齢も身体の壊れ具合も分からなくなったようです。
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