1975年8月、セニョールが29歳の時のお話しです。
始めてスペインに行ったとき、飛行機でひとッ飛びしても面白くないのでシベリア鉄道で大陸を横断しヨーロッパに入りました。
そして通りがかりにヨーロッパアルプスに立ち寄りました。
スイスのグリンデンワルドではアイガー北壁、ユングフラウ、メンヒなどを楽しみ、フランスのシャモニではメール・ド・グラスの大氷河や近くの山々をトレッキングしました。
そしてモン・ブラン(4,810m)に単独で登りました。
登山ルートはグーテ小屋ルートです。
シャモニからバスでレ・ズーシュへ、レ・ズーシュからロープウェイと登山電車でニー・デーグル(2380m)に、ここから登り始め、落石で危険なクロワール(3270m)をトラバースしました。
この個所は落石による死亡事故が毎年起きる最大の難所です。
そしてグーテ小屋(3817m)まで登り、ここで1泊しました。
予約をしていないのでロビーでごろ寝をしましたが身動きができないぐらいの混み様でした。
ロープウェイと登山電車で急激に高度を上げたせいか頭痛がしてこの夜は熟睡できませんでした。
翌午前1時半に起床、2時に小屋を出発し頂上を目指しました。
アイゼンを装着し、広い雪稜を延々と登って行きました。
月明りで十分歩けるのでヘッドランプには点灯しませんでした。
日本では経験したことのない4000m超になると酸素が薄いので疲れがひどく、1歩1歩ゆっくり登りました。
ちょっとスリップして歩調が乱れても、唾を呑み込んでも、心臓がドキ・ドキ・ドキッと暴れました。
ヴァロ小屋(4362m)を過ぎた辺りから次第に急斜面になり、狭いリッジが頂上まで続きます。
両サイドの谷に滑落しないように注意して登りました。
そして午前7時頃、登頂しました。
グランドジョラスやドリューの針峰を近くに、マッターホーン、ユングフラウ、アイガーなどを遠くに、雄大で神々しい自然を眺めました。
アルプスの最高峰に登頂したので少しは感動するかと思いましたがそうでもなく、ただただ疲れたという感じで、天気も良かったので昼寝をしました。
やはり高山病で思考能力も落ちていたのでしょう、頂上では色々な写真を撮るつもりでしたがすっかり忘れ、ただ昼寝をしただけで8時頃に下山を開始しました。
ヴァロ小屋付近まで下りた時ガスが出始め、ガスと雪の白さでホワイトアウトになり方向が分からなくなりました。
そこで無理せず立ち止まり、後ろから下りて来るガイド付きのグループを待ち、彼らの後をちょっと離れて下山しました。
グーテ小屋まで下りて〝一気飲み”したビールは格別美味しかったです。
夕方シャモニに無事帰り、キャンプ場で親しくなったフランス人に会うと「カミカゼ、カミカゼ」と冷やかされました。
戦後まだ30年なので”神風特攻隊”を知っている人がいたのです。
確かにヨーロッパでは1人で登山する人はなく、必ず2人以上で登っています。
セニョールは単独で登りますが、山は2人以上で登るのが鉄則です。